「体験談」中学受験のプレッシャーと、子供が心配なあまりの過剰同調性 [HSP/HSC繊細な心]

回想録

母娘の距離感

私とみかんは、基本的にあった事をお互いによく話す母娘だと思う。

みかんが大きくなるに連れて、辛めの話を聞く機会も正直多くなっていた。

その時に、辛そうにするみかんを見ていると、私が辛くなってしまい、

当時、みかんの環境を変えてやればと、私の中で思いが強くなっていった。

そうだ、受験をしよう。中学を私学にしよう。私はそう強く思ってしまった。

携帯の事や度重なるトラブルや、中学という枠が新たに始まることへの恐怖が

私の中であった事で、きっと、私学に行けば、きっと勉強もしてダンスも頑張れて、

きっとうまくいく。

私は、みかんに受験を勧めた。

過剰同調性

みかんは、その頃から私の言ったことを聞いた方が、友達とまだうまくいくのでは

ないかみたいな感情を持ってしまっていたようで、それは今思っても私が全て悪いのだが、

当時の私は、みかんが困らないよう、辛い思いをこれ以上しないよう、そればっかり

考えていた。

みかんが辛いと、私はみかん以上に辛く、冷静でいれなくなっていた。

これこそ、「過剰同調性」だったのではないかと思う。

過剰同調性とは、母子で同じ感情や感覚を共有しすぎてしまう現象の事

これが、当時の私とみかんが長年苦しむ事になった、現象だった思う。

でも、その方がいいと思う私は、中学受験に向かって舵を切った。

中学受験、そんな甘いものでない事を、親子で痛感することにはなるが、

決めたことを簡単に諦めるわけにはいきません。

もうそんな雰囲気だしてるし、環境を変えることが、みかんにとって

ベストと信じて疑うことさえしない私は、必死に応援し勉強をさせた。

ただ、スタートが遅かった上に、もともとそんなに勉強が好きではない

みかんにとって相当苦痛な日々だったと思う。

休みの日は、間違いなく10時間以上の勉強を親子でしていた。

今振り返ってもあの時が一番勉強をしたと思う。と、みかんは言っている(笑)

いざ、中学受験

私たちの住んでる地域の中学受験は、1月の中旬に一斉解禁みたいな感じで、

どの私立中学も第一希望の受験日は同じだった。

私は、合格する事だけを信じ受験した、この第一希望に合格をしないと、

二次試験は今の学力では無理だろうと、一発にかけた。

見事、合格した、本当に嬉しかった。やっぱりこれでよかったんだ、

そう私はより思い込んでしまったのも事実。

これで中学はきっと大丈夫!!そう思って希望を持って中学の

門をくぐったわけだが、中一の夏休み後、その中学で不登校になってしまう。

今思い返しても、この私の選択が結果的に、みかんをより苦しめる結果に

なってしまった事に、今でも胸が痛い。

ここから6年間、それはそれは想像より大変な日々が待ち受けていた。

「現在の私から→当時の私への伝言」(*経験したから思うこと)
・その時は、一生懸命考えて動いた、それは間違っていないが、自分と子供は
違う人なんだと、当時の私が境界線を持てたら、結果は同じだったとしても
過程の傷つきの深さは違ったと思う。
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